傀儡の恋

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 キラとアスランの戦いの顛末が耳に届いたとき、ラウは一瞬、足元が揺らいだような感覚に襲われた。
 まさか、キラが自分以外の誰か――それもアスランに殺されるとは思ってもいなかったのだ。いや、アスランにキラを殺せるとは思っていなかった、と言うべきか。
「……ニコルか」
 だが、報告書を読めばその理由が推測できる。
「バカな男だな、アスランも」
 その何倍も、彼はキラの大切なものを壊してきたのに。自分の感情だけが正義か、とあきれたくなる。
「好きなだけ後悔するがいい」
 後は使い捨てるだけだ。そう付け加える。
「幸いなことに、私の手を離れているからね」
 後は勝手にのたれ死んでくれればいい。それならば、いくらパトリック・ザラでも文句を言ってこられないはずだ。
「フォローする価値もない」
 自分がどれだけ恵まれているか。それすらも気づかなかった少年。
 周囲の人間は自分の思い通りに動かなければいけない。そんな独善的な思考をしていると、最後までわからなかった彼を見ていれば、この世界はやはり一度壊すべきなのだと判断する。
「君ならば、別の結論を出したのかもしれないがね」
 キラ、と唇の動きだけで付け加えた。
「君もアスランを大切に思っていたようだが……何かあったのだろうね」
 感情が理性を凌駕したのだろう。そう考えれば怖いというしかない。
 だが、感情を失えばそれはただのロボットだ。
「ギルですら、そこまでは考えていないようだしね」
 今は、と付け加える。
 しかし、最終的にはどうなるのだろうか。
 生まれたときから全てが決まっている世界は争いは生まれないのかもしれない。
 だが、変化も冒険もない世界は次第によどみ、腐っていくのではないか。
 もっとも、とラウは苦笑を浮かべる。そうなるまでにはかなりの時間を必要とするだろう。そして、自分はそれまで生きてはいない。
「壊した後のことは私の責任ではないな」
 生きている者達が考えればいいことだ。
「さて……そろそろ時間だね」
 出撃の、と呟きながらラウは立ち上がる。
「アラスカは徹底的につぶしておかないといけないだろう」
 しかし、だ。それもザフトの勝利に終わってはいけない。そうなればこの戦争は一気に片がついてしまう。
 バランスを取るためにも――そして、地球軍の士気を折らないためにも――ある程度の情報は流しておかなければいけないか。
 かといって、向こうが勝ちすぎても困る。
 そのあたりのバランスをどう取るのか。それが問題だ。
 以前ならばオーブをあてにできただろう。しかし、今のオーブでは難しい。次第に親地球連合派が勢力を伸ばしているのだ。
 これもブルーコスモスの暗躍の結果なのだろう。
「最終的には連中を何とかしなければいけない訳か」
 そのあたりはギルバートに丸投げでもいいのではないか。
「……彼女達のことだけが気がかりだが……オーブにまでは手出しできないからな」
 それは仕方がない、と割り切るしかないだろう。
「戦場で命を落とすのが軍人のならいとはいえ、手を下したのが親友アスランだったと知れば、嘆かれるだろうな」
 それも自分の罪だろうか。
 ならば、まとめて持っていけばいい。
 そう考えながら足を踏み出そうとしたときだ。いきなり内臓に焼け串を押し当てられたかのような痛みに襲われる。
「ぐっ」
 反射的にポケットから薬を取り出す。それをそのまま口の中に流すように入れると無理矢理飲み込んだ。
 即効性を強めてるのか。すぐに痛みは消える。しかし、代わりにだるさが全身を押し包んだ。
「……間隔が短くなっているな」
 いつまでこの体が保つか。それが一番の問題かもしれない。
 それでもまだ死ぬわけにはいかない、と強引に体を起こす。
 そのまま彼は歩き出した。

 しかし、アラスカで何が起きるのか。神ならざる身ではわかるはずもなかった。

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最遊釈厄伝